一般社団法人明石観光協会

イベントカレンダー

イベントカレンダー

 

「十日えびす」 1月9日~11日

 

稲爪神社の稲爪浜恵比須神社や、岩屋神社(昔は岩屋恵比寿と呼ばれていた)には、商売繁盛や家内安全、海上安全、漁業繁栄を願って、たくさんの人が訪れます。十日えびすはもともと、旧暦の1月10日に行われていました。えべっさんや小判が豪華に飾り付けられた熊手は、「年中の福徳をかきあつめる」縁起物と言われています

 

「左義長」 平成29年1月15日(日)

 

左義長は、平安時代、宮中で行われていました。正月明け15日に御所の庭で、青竹を束ねたものに扇子、短冊、書などを添えて焼く行事でした。次第に庶民に広がり、しめ飾り、書き初めなどを持ち寄って焼くようになり、明石でも昔から行われていました。明石浦の左義長は、明石浦漁業協同組合と地域が共同で行い、市内でも最大級のものです。早朝から高さ12メートルの骨組みに張子の鯛、タコなどを飾りにそれを1,000本の青竹で囲み、しめ飾り、門松などと一緒に燃やします。海上安全と豊漁を祈る魚のまち、明石らしい行事です。

 

「御崎神社 的射」 平成29年1月15日(日)

 

平安時代の頃は、格式ある神社のひとつでした。山王権現と呼ばれていたと言い伝えられていますが現在は市無形民俗文化財に指定されている神事、的射が有名です。伝説では、昔、神々の乗った船が藤江に来た時船夫が誤って大きなアカエイの鼻に錨をおろした為、アカエイが怒って船夫の船を沈め、死んだ船夫が悪霊となり、村人たちに危害を加えた。この神社の山王権現が弓矢で悪霊を退治したことにちなんでいます。大前や弓立衆とよばれる5人の氏子が30メートル先の的に21本の矢を射て、悪霊を払い、豊作、豊漁を祈る神事です。

 

「休天神社 春祭」 3月下旬

 

菅原道真が身の憂いを祓うために雛形を作って祈ったという故事に倣った「雛形神事」と、拝殿前で大釜に湯を沸かし、巫女が神楽を舞った後、最初の湯を神前に供え、残りの湯を笹の葉の束で振りまく「御湯立神事」が執り行われます。

 

「柿本神社 春祭」 4月第2日曜

 

御祭神である柿本人麻呂の命日(旧暦3月18日)に合わせて執り行われ、子供御輿が町内を練り歩きます。

 

「住吉神社 奉納能楽会」 5月1日

 

4世紀頃、神功皇后が韓国の遠征途中、播磨灘で暴風雨に遭いこの海岸に立ち寄り住吉大明神に祈られますと、風雨が収まりました。皇后がここに住吉大明神を祀ったのがこの神社のはじまりと言われています。江戸時代、明石城主小笠原忠真が能舞台を建立、現在、市有形民俗文化財に指定されています。明治時代までは祭礼、雨乞いの時に能を、大正時代は春祭に狂言が奉納されていました。昭和に途絶えていたが昭和50年氏子や愛好家によって復活、以来毎年開催されている能楽会は有名ですが、藤棚もシーズンにはたくさんの人たちで賑わっています。

 

「明石原人祭り」 (平成28年5月28日~29日)

 

平成2年に明石原人発見から60周年を機に開催されたのが始まりで、翌年からは「ロマンあふれる明石原人で町おこし」を合言葉に地元住民、商店街、企業が協力し毎年開催されています。兵庫県南部地震のため一時中断されましたが、翌年には「震災復興支援、やっとうで-明石」を合言葉に再開されました。また、現在は「古代に国境はなかった」を合言葉に広く交流を目指しています。

 

「時のウィーク」  (6月10日時の記念日を含む1週間)

 

671年4月25日、天智天皇が漏刻(水時計)を使って初めて民衆に時を知らせたのが、現在の6月10日にあたるため、1920(大正9)年、時間を守り、生活の合理化を図ろうと生活改善同盟会により、この日が時の記念日に制定されました。明石市は東経135度日本標準時子午線が通るまちとして、1964(昭和39)年、「第一回子午線まつり」を開催。毎年6月10日を含む1週間を「時のウィーク」行事として明石公園などでイベントを開催しています。
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「清水神社 おくわはん」  6月下旬の日曜日

 

江戸時代初期、古くからこの地に祀られていた帝釈天と、他の村から勧請した王子権現を合わせて祀ったのがこの神社のはじまりと言われています。この地はその名の通り水質がよく農業が盛んで豊作を願う珍しい神事が伝わっています。田植えの後の6月下旬、農家の代表者、講親達が羽織袴姿で、桑の木製の小さな鍬おくわはんと金色の御幣を持って神社に集まり水の取り口から水田地帯をまわります。新田開発が進んだ江戸時代にはじまった神事だと言われ市無形民俗文化財に指定されています。

 

「岩屋神社 おしゃたか舟」 7月第3日曜日

 

2世紀中頃、明石に住む1人の子供に淡路の神から「明石に宮を造って祀るなら明石は栄えるだろう」とのお告げがあり、明石の村人6人が小舟に乗って神を迎えに行ったところ神舟に出会いました。翌日神舟と共に流れ着いた浜辺に建てたのが岩屋神社と言われています。この伝説にちなんで毎年夏祭りに'おしゃたか舟'の海上神事が行われています。白のしめこみ、赤鉢巻姿の氏子15人が海に入り、サカキを立てた舟を押し進めながら「おしゃたか」と唱えます。おしゃたかとは、神様はおこしになったとの意味です。市無形民俗文化財に指定されています。

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